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有明海総合調査評価委に対し意見書を提出

  諫早干潟緊急救済本部、諫早干潟緊急救済東京事務所、有明海漁民・市民ネットワークの3団体は、2月10日に、環境省の担当部局を通じ、有明海・八代海総合調査評価委員会の各委員、ならびに各省の委員会幹事に対して、下記の意見書を提出しました。

 これは、2月7日に開催された同委員会の第1回目の会合を受けて、有明海・八代海再生特措法や基本計画 [PDF] の問題性を改めて訴え、委員会で取り組むべき課題などについて意見するものです。



有明海・八代海総合調査評価委員会 委員各位
         同       幹事各位

2003年2月10日

有明海・八代海総合調査評価委員会への意見

諫早干潟緊急救済本部
諫早干潟緊急救済東京事務所
有明海漁民・市民ネットワーク

 私たちは、従来から、諫早湾干拓事業の根本的な見直しによる諫早湾・有明海の環境回復を求めて活動してきました。昨年成立した有明海・八代海特別措置法についても、一貫してその問題点を指摘し、先般、行われた「有明海及び八代海の再生に関する基本方針の概要(案)」へのパブリックコメントにおいても問題提起を行ってきました。
 しかし、環境省をはじめとする関係各省は、2月6日に、極めて不十分な内容のまま、「基本方針」をまとめました。翌7日に開催された「第1回有明海・八代海総合調査評価委員会」でも、関係各省の対応は、有明海・八代海の再生を願う、多くの関係者の期待に応えるものではありませんでした。また、会議の初回とはいえ、参加した委員の発言を聞いても、有明海・八代海の深刻かつ緊急な状況が、どれだけ理解されているのか、不安を感じました。
 私たちは、この機会に、あらためて有明海・八代海特別措置法の問題点を指摘し、委員会への期待を述べさせて頂きます。
 委員各位には、ぜひとも、私たちの意見にご理解を頂きたく、よろしくお願い申し上げます。
 関係各省庁に対しては、旧態依然とした現状追認の姿勢を根本的にあらためない限り、有明海・八代海の再生は望むべくものないと言うことを、強く申し上げたいと思います。
 特に、環境省の姿勢には、絶望的なものを感じました。具体的には下記に述べますが、環境省の猛省を求めます。

1.有明海・八代海特措法の問題性

 有明海・八代海特別措置法(以下、特措法と略記)の問題性は、端的に言えば、「環境の再生はお題目で、従来型の漁業関連公共事業のバラマキに過ぎない」と言うことです。
 今回の基本方針を見ても明らかなことは、小手先の漁業振興策や、漁業関係施設の整備ばかりが具体的ですが、環境保全対策などは抽象的で、実効性が全く期待できません。たとえ調査が着実に進められたとしても、その一方で、従来型の開発事業に歯止めがかからず、砂利の採取や効果の疑わしい覆砂・海底浚渫・種苗放流などが闇雲に実施されては、かえって海域環境にダメージを与える危険性が指摘されています。
 さらに言うなら、漁獲高が激減している状況のなかで、漁港関連の荷さばき場や道路整備などに投資する必要が本当にあるのでしょうか。これは、諫早湾干拓事業に反対する漁業者などに対する露骨な懐柔策か、「有明海異変」に便乗した、まさに公共事業のバラマキと言うべきものです。

 いわゆる「ノリ第三者委員会」では、諫早湾干拓事業をはじめ、筑後大堰、熊本新港、三池炭坑跡の海底陥没など、過去の開発行為などを含む人為的な環境改変の影響を評価し、その上で、ノリ不作などの対策を提言することが目指されましたが、特措法及びそれに基づく基本方針は、過去の公共事業の影響評価や、事業の見直しなどが全く触れられていないと言う点で、ノリ第三者委員会の議論の到達点から、大幅に後退したものと言わざるを得ません。
 委員会においては、まず、特措法の問題性を十分認識した上で、議論を進めることを第一に要望します。


2.閉鎖性海域の環境回復の難しさが、本当に認識されているか

 有明海・八代海の再生という大きな課題に取り組むに当たり、委員及び関係各省に伺いたいことがあります。

 いみじくも、環境省の担当者が、先日の会議の席上で、再生の目標に関して「健全な海として、本来あるべき姿で、人為的に達成可能なもの」と述べましたが、はたして、これまでに、有明海・八代海のような大規模な閉鎖性海域の環境を再生し、漁業生産を「人為的に」回復させるような事業として、成功した事例や、技術的な目処はあるのでしょうか。
 閉鎖性海域において、特に有明海のように、独特の泥質干潟が発達した浅海域について、物質循環や生物相のメカニズムは、ほとんど未解明であるというのが、実態ではないでしょうか。「本来あるべき姿」も解明できていない、その様な段階で、「人為的」に、有効な対策が講じられるのでしょうか。
 私たちは、先の環境省の担当者の発言に、あたかも、重傷の患者が、未確立な医療技術の実験台にされるような印象を受けました。

 これに関連して私たちが念頭に置いているのは、有明海・八代海沿岸でこれまで行われてきた開発事業においては、海域の「健全な姿」を解明できていないにもかかわらず、その開発事業による環境への影響が極めて過小に評価されてきたことです。
 端的な例は、諫早湾干拓事業の環境アセスメントです。諫早湾奥部の3,500ヘクタールに及ぶ干潟・浅海域を消失させても、「影響は潮受堤防の近傍に限られる」と断定できるほど、有明海や諫早湾の海域環境のメカニズムは、解明されていたのでしょうか。このアセスメントでは、多くの魚類、底生生物などへの影響について、ことごとく次のような、極めて楽観的かつ無責任な紋切り型のコメントで、影響は「許容できる」との結論が導かれました。
  • 『その分布域の一部を消滅させるが、諫早湾に固有の種ではなく、環境の変化は潮受堤防あるいは排水門前面の狭い範囲に限られることから、多少の影響は与えるものの、他の有明海の個体にはほとんど影響を及ぼすことはないものと考えられる。』
 このアセスは、1986年頃に行われたものですが、最近の議論では、「二枚貝などの減少は、諫早湾干拓事業の工事が始まる以前から進行していた。」というのが、行政側の回答となっています。
 二枚貝類などの漁獲の減少が、工事開始前から顕在化していたなら、「有明海の他の海域にも生息しているから、諫早湾だけなら、なくなっても構わない」と言わんばかりの楽観的なアセスが許されるような状況ではなかったはずです。
 このような、まず開発事業ありきで、それらの事業を追認した上での環境保全の議論、いわんや環境再生の検討などは、あまりにも空虚です。 

 有明海・八代海の環境を「人為的」に再生させることができるかのような議論は、開発事業の影響が「許容できる」と、一方的に断定する発想と共通したもので、非常に傲慢なものだと私たちは考えます。
 まずは、人為的なインパクトの影響を見極め、それを解消するなかで、有明海・八代海を過去の状態に回復させていくことこそが、再生の基本的な視点となるべきです。


3.過去の漁業振興策の功罪が、全く視野におかれていない

 そもそも、現在、特措法に基づいて実施されようとしているような漁業振興策は、これ
までも実施されてきたものではないでしょうか。これまでと同じことを、同じように繰り返すことで、現状を改善することができるはずはありません。
 むしろ、これまでどの様な漁業振興策が実施され、それがどの様に効果をあげたのか、あるいは、逆に海域環境に負担をかけるだけの結果に終わったのではないか、この点を解明することなく、従来と同じ手法で、漁業振興を進めようとすることは、無意味です。これまでの漁業振興策の結果として現在の漁業環境の深刻な状況があることを考えれば、むしろ、従来型の漁業振興策をあらためることこそが必要ではないでしょうか。

 例えば、アサリ養殖のための覆砂事業について、衆議院農水委員会での特措法案の参考人として意見陳述をした中村充・福井県立大名誉教授は、「数年経てば、元の木阿弥になる」として、覆砂事業の効果が持続しないことを証言しました。
 これまで実際になされた覆砂事業など、海域に人為的に手を加えるかたちの漁業振興策について、過去にわたって全体像を明らかにし、その評価を検証することが、委員会の課題として位置づけられるべきだと私たちは考えます。
 当然ながら、その様な従来型の漁業振興策は、委員会で有効性が確認されるまでは、実施が規制されるべきです。


4.環境省は、水質基準偏重の姿勢を捨てよ

 環境省の姿勢に、私たちが絶望を覚えたと述べました。それは何よりも、水質環境基準の達成状況しか視野にないということです。

 基本方針でも、環境の項目の冒頭に「一部で環境基準が達成されていない」と述べられていますが、有明海・八代海の環境悪化について、最初に言及すべきことが、水質基準なのでしょうか。環境問題に関わる市民の立場から見ても、環境省の視点は、まったく見当違いです。逆に言えば、有明海・八代海で、水質環境基準が達成されれば、それで再生の目標が達成されたことになるのでしょうか。
 水質基準は、あくまでも指標の一つに過ぎないはずです。指標の達成を目標にすり替えてしまうことは、まさに「役所的」、「官僚的」な発想で、このような見識では、環境省に有明海・八代海の再生に携わる資格は無いと言うべきでしょう。

 本日の会議でも、「年平均値を出されても判断できない。」との委員からの意見に対し、環境省は「水質基準の考え方がある」と、木で鼻をくくったような答弁をし、「その判断の仕方そのものに問題がある」と委員から苦言を呈されました。
 傍聴した側としても、あまりにレベルの低い答弁で、愕然としましたが、委員の指摘の通り、年平均で出された水質の指標など、分析の対象になるはずもなく、この委員会の課せられた課題と責任を、環境省は理解していないのでないでしょうか。
 もう一つ具体例を挙げれば、「長崎県内のC類型の平均値」なる指標がグラフで示されていました(資料8、17ページ)が、凡例を見る限り、これは、小長井港、多比良港、須川港、口之津港の平均と思われます。この4港のデータを平均することで、何を分析しようとしているのか、全く理解できません。有明海、特に諫早湾周辺での環境の悪化が、これだけ問題になっている中で、全く位置の違う4つの漁港のデータを平均するなど、見当違いも甚だしく、官僚的な統計手法の悪い見本と言うべきでしょう。その様な筋違いのデータを、平気で出してくることは、その様な水質基準の視点では、有明海の環境変化を捉えられるはずもないことを、環境省が全く理解していない証拠といえるでしょう。

 このような状況では、有明海・八代海の再生という深刻かつ、緊急の課題に取り組む
事務局の大任を、環境省に任せることはできません。環境省は、問題の重要性・緊急性を誠実に認識し、根本的に姿勢をあらためることが必要です。


5.「調査のための調査」をいつまで続けるのか

 2月7日の会議では、過去の水質や漁獲のデータを提示せよとの委員からの意見が出されましたが、その様な悠長な議論をいつまで繰り返すのでしょうか。少なくとも、ノリ第三者委員会で提供されたデータは、全て、初回に各委員に提供されるのが当然です。有明海、特に諫早湾については、九州農政局による諫早湾干拓事業関係のモニタリング調査のデータも豊富にあります。

 このようなかたちで、何度も専門家委員会が開催されては、その都度、過去の資料を一から整理・分析するだけで、委員会の貴重な時間を浪費することが、毎回繰り返されています。これは、事務局の怠慢と言わざるを得ません。
 諫早湾では、過去に、タイラギの不作を機に設置された「漁場影響調査委員会」が、調査終了から、8年間も議論が放置され、結局「原因は分からない」という結論が出され、関係者の大きな失望を買いました。
 ノリ不作対策の第三者委員会についても、「有明海異変」に対する重要な視点を提起したことは評価しますが、委員会の見解を受けて、関係行政機関などが2年間かけて行った調査が、「調査のための調査」に終わるのではないかとの不安はぬぐえません。
 委員の中には、この委員会において、始めて有明海に深く関わる方もおられるとは思いますが、地元の漁業者や、有明海再生を願う市民は、これまで、何度も繰り返された各種「専門家委員会」が、結局、「調査のための調査」から脱却できなかったことを忘れることができません。

 そもそも、この委員会は、国や各県が行う調査の結果に基づいて、有明海及び八代海の再生に関する評価を行い、主務大臣等に意見を述べるという重大な任務を負い、その権限を与えられていることを、十分認識して頂きたいと思います。
 調査結果の評価は、委員会の任務の一部分に過ぎないのです。多くの問題を抱えた特措法の見直しと、有明海・八代海の再生に向けての政策提言こそが、この委員会に託された最も重要な課題なのです。


6.再生の目標を、関係者の参加のもとに明らかにせよ

 本日の会議の中でも、委員から「再生の目標を、何年頃の水準に定めるのか」という主旨の発言がありました。非常に重要な発言だったと思います。

 有明海・八代海の再生は、人為的なインパクトを一つ一つ取り除くことで、自然の力で生産力が回復するのを待つべきだというのが、私たちの考え方です。有明海・八代海の周辺の人為的な影響要因に手を付けず、「人為的に」環境を再生し、漁業生産を回復させるという発想は、水産養殖の技術を過信したもので、自然の生態系を支える微妙な均衡を無視した考え方であり、到底認められないものです。
 自然再生推進法に関連する意見も、本日の会議で出されていましたが、自然再生事業のモデルとされている、釧路湿原の事業では、1970年代の湿原の状況に回復するという目標設定で、過去の河川改修事業が生態系を損ねたことを認め、河川改修事業の見直しが行われています。(ただし、実施されている対策が、妥当なものかどうかには、慎重な検討が必要ですが。)
 また、同じく自然再生の取り組みとして注目されている霞ヶ浦のアサザプロジェクトでは、保全生態学の専門家と、地域の関係者が協力するなかで、100年後を見通して、コウノトリやトキが生息できるような環境を、自然の力で取り戻そうとしてます。

 有明海・八代海においても、漁業者・周辺住民をはじめ、多くの研究者や関心を持つ一般市民を巻き込んで、再生の方向性を議論することが必要ではないでしょうか。その様なプロセスを経て、既存の公共事業の見直しや、代替策の検討に踏み込まない限り、人為的なインパクトを取り除き、自然の力で有明海・八代海を再生させることは不可能です。

 この評価委員会が、有明海・八代海特別措置法が置き去りにした、本当の意味での自然再生の取り組みの第一歩となることを願い、私たちは今後とも委員会の議論を見守り、意見を述べさせて頂きたいと思っておりますので、ご理解をお願い致します。

以 上


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