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福岡高裁、工事差し止めを取り消し
有明海異変との関連性は否定せず、国に開門調査を求める

 福岡高裁は5月16日、佐賀地裁が命じた諫早湾干拓工事の差し止めの仮処分を取り消す決定を下しました。

 決定では、諫早湾干拓と有明海の漁業環境悪化の定性的な関連性は認めるものの、その影響は定量的には明らかではなく、因果関係の証明が不十分であるとして、工事の差し止めを取り消しました。
 しかし、国側には中・長期の開門調査を含めた、有明海の環境悪化の解明のための調査、研究を実施すべき責務があるとしています。また、ノリ不作の規模や、巨額の干拓事業費に対して予定されている農業生産高が著しく低いことを指摘し、事業本体にも疑念を呈するものとなっています。


(福岡高裁の決定要旨)

       平成17年(ラ)第41号保全抗告申立事件決定要旨

1 事案の概要

 佐賀地裁に対し,有明海において漁業を営む漁民ら106名が,国営諌早湾土地改良事業に基づく工事(以下「諌早干拓工事」という。)により,その漁業行使権等が侵害されていると主張して,国を相手方とする,諌早干拓工事差止仮処分を申し立てた。平成16年8月26日そのうち相手方ら46名についてこれを認める仮処分決定。平成17年1月12日その異議申立てに対する仮処分認可決定。抗告人国は,福岡高裁に対し,これを不服として保全抗告を申立てた。平成17年4月25日審理終結。

2 当裁判所の判断

(1)行政事件訴訟法44条と本件仮処分申立ての適法性の有無について
 行政事件訴訟法44条は,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」については,民事保全法上の仮処分をすることができないと定めている。抗告人は,これを理由に本件仮処分申立ては不適法という。しかし,諌早干拓工事は,公有水面埋立法に基づく埋立工事という事実行為にすぎないから,上記の行為には当たらない。したがって,本件仮処分申立ては,適法。

(2)相手方らの被保全権利の有無について
 相手方らは,いずれも有明海の海域にその漁業行使権を有している。相手方らがその漁業行使権を第三者から侵害されたときは,直接その第三者に対し,妨害排除ないし妨害予防の物権的請求権を行使できる。水産動植物の採捕又は養殖の事業であるという漁業の特質からすると,時々刻々と変動する当該海域の水質,底質,潮位,潮流などの漁業環境が大事。その悪化をもたらす人為的事象も当然に排除ないし予防の対象となる。相手方らが主張するのは,現在及び将来の漁業環境の悪化に対する改善請求という妨害排除及び妨害予防請求権と解する。ただ,漁業環境が悪化したからといって,すぐにこれらの物権的請求権が発生するものではない。漁業環境の悪化の内容や程度,それによる損害の有無や程度,人為的事象の内容や態様,人為的事象と漁業環境の悪化との関連性,ひいては損害との関連性の有無や程度等を総合考慮して,はじめて物権的請求権の成否及び内容が決定される。本件仮処分により諫早干拓工事の差止めを認めるか否かは、その事柄の性質上,これらの事由の疎明の程度としては,一般の場合に比べて高くなる,いわゆる証明に近いものが要求される。

(3)諫早干拓工事による相手方らの被保全権利に対する侵害の有無について

 ア 九州農政局が行った開門総合調査の結果報告,ノリ不作等検討委員会の見解,短期開門時の水質環境調査の結果報告,行政対応特別研究報告,有明海・八代海研究者会議における発表内容,有明海の環境ないしこれと本件事業との関係に関する学者の見解,さらには日々有明海で漁業に従事する相手方ら漁民の実感などを総合すると,諫早干拓工事と有明海の漁業環境の悪化との関連性を否定できないが,その割合・程度という定量的関連性を認めるまでには至らない。

 イ 平成12年度のノリ養殖は記録的な不作であり,諌早干拓工事との関連性が疑われる。昭和54年から平成16年までの有明海沿岸4県のノリ養殖の生産量の推移からは,現在のところ,ノリ養殖の生産量自体の減少を認めることはできない。タイラギ及びアサリの漁獲量は,近年.減少している傾向が認められ,諌早干拓工事との関連性が疑われるが,関連性が疎明されるまでには至っていない。

 ウ 諌早干拓工事と有明海の漁業環境の悪化との関連性については,定性的には否定できないが,定量的には明らかではない。現在のところ,諌早干拓工事は,種々の複合的な原因の一つとして,有明海の漁業環境に対して影響を及ぼすことを通じて,相手方らに対して漁業被害をもたらす可能性が考えられるというに止まる。その意味で,九州農政局は、ノリ不作等検討委員会が提言した,中・長期の開門調査を含めた,有明海の漁業環境の悪化に対する調査,研究を今後も実施すべき責務を有明海の漁民に対して一般的に負っている。特に,有明海のノリ養殖の共販金額は大不作の平成12年度ですら約271億円であり,これと平成16年度の約447億円との差は実に176億円に上る。これに対し,諫早干拓工事による計画農業粗生産額は,約2460億円という巨費の2パーセントにも満たない年間約45億円である。費用対効果という面からも,上記調査,研究の必要性は大きい。しかし,諌早干拓工事と相手方ら主張の漁業被害との関連性があるという疎明,ひいては,諌早干拓工事により相手方らの漁業行使権を侵害されたという疎明があるとは未だいいがたい。結局,本件仮処分申立ては.その被保全権利について疎明がないから,理由がない。

(4)結論

仮処分認可決定及び仮処分決定を取り消して,本件申立てをいずれも却下。


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