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高裁決定について有明海弁護団のコメント

 2005年5月16日に福岡高裁から出された、諫早湾干拓工事差し止めの取り消し決定に関して、よみがえれ!有明海訴訟弁護団は同日、以下の解説文を発表しました。


福岡高裁保全抗告決定の解説

福岡高裁不当決定の限界と有明海再生の今後

2005年5月16日
よみがえれ!有明海訴訟弁護団

1 被害に眼を閉ざし,世論に背を向けた福岡高裁の不当決定

 本日,福岡高裁は,諫干の工事続行禁止を命じた昨年8月26日の佐賀地裁による仮処分命令を覆しました。
 昨年8月26日の佐賀地裁の仮処分命令は,廃業が相次ぎ,自殺者さえもあとを絶たないという有明海漁民の深刻な被害を直視し,「すでに完成した部分及び現に工事進行中ないし工事予定の部分を含めた本件事業全体を様々な点から精緻に再検討し、その必要に応じた修正を施すことが肝要」と述べました。さらに本年1月12日の保全異議決定では,「漁業被害を将来的に防ぐためには,工事の差し止めが,現時点でとりうる唯一の最終的な手段」ときっぱり述べています。
 漁民の被害を直視し,有明海再生のための工事を差止めなければならないとした佐賀地裁によるこの2つの判断は,常識的な道理ある判断であると,マスコミの絶賛を浴び,世論の大きな支持を受けました。
 それだけに,今回の福岡高裁の決定は,有明海漁民の深刻な被害に眼を閉ざし,世論に背を向けた不当な決定であると言わざるをえません。

2 決定は,国の主張を認めたり,
  有明海の真の再生の途を閉ざすものではない


 注意しなければならないのは,今回の決定は,諫干は有明海の漁業被害と無関係とする国の言い分を受け入れたものではない,ということです。したがって,もし国が今回の福岡高裁の決定をもって,鬼の首でも取ったかのように言うのであれば,それは全くの誤りです。
 諫干は有明海異変と漁業被害の犯人ではなく,シロだ,とされたものではありません。
 中・長期開門調査をやらなくていいなどと,裁判所からお墨付きをもらったものでもありません。
 それどころか,福岡高裁決定は,諫干と漁業環境の悪化の関係を認め,国には中・長期開門調査の義務があることまでも認めています。

3 因果関係を認めながら,漁民側を負けさせた不当決定のおかしな理由

 福岡高裁が漁民側を負けさせた理由は,まったく不合理なものです。
 さすがに福岡高裁は,福岡地裁が福岡県漁連を負けさせた仮処分決定のように,潮受堤防の工事はもう終わっているから残った工事を差止めても被害防止には無関係,などとは言えませんでした。被害がないとも,諫干は漁業被害には無関係とも言えませんでした。
 それどころか,諫干の影響は「ほぼ諫早湾内に止まっており,諫早湾外の有明海全体にはほとんど影響を与えていない」という国の主張を退け,福岡高裁は,「本件事業と有明海の漁業環境の変化,特に,赤潮や貧酸素水塊の発生,底質の泥化などという漁業環境の悪化との関連性は,これを否定できない」などと述べて,むしろ因果関係を肯定しています。
 では,なぜ漁民を負けさせたのか。それは,福岡高裁が,漁民側の因果関係の証明には「一般の場合に比べて高いものが要求される」として,高いハードルを設定したからです。そのような高いハードルを設定しておいて,福岡高裁は,「現在のところ,本件事業と有明海の漁業環境の悪化との関連性については,これを否定できないという意味において定性的には一応認められるが,その割合ないしは程度という定量的関連性については,これを認めるに足りる資料が未だないといわざるを得ない」と述べています。また,漁業被害と事業との関連性についても,判断を厳しくし,関連性は未だ十分ではない,などとしています。つまり,諫干が有明海の漁業環境の悪化の何割くらいの原因をなしていて,その程度が量的にはっきりしないと因果関係は認められないというのです。
 しかし,この福岡高裁の判断は全く不当です。もともと,有明海異変の原因は諫干にあると想定されるとして,それを科学的により明確にするために開門調査を求めたノリ第3者委員会の提言を無視し,中・長期開門調査をサボタージュして,より科学的な関連性の認定を困難にしているのは国の方です。福岡高裁の判断は,その国の責任のツケを漁民側に負わせるものに他なりません。
 この点について,佐賀地裁は,逆に,そもそも漁民側と国の間には「人的にも物的にも資料収集能力に差が存する」,そのような漁民側と国の間にある能力差を全く無視し,漁民側にばかり「自然科学的証明にも近い高度の立証を求めるのは(中略)公平の見地からは到底是認し得えない」と述べています。また,中・長期開門調査が行われないことによって事実上生じた「より高度の疎明が困難となる不利益」を漁民側のみに負担させるのは,およそ公平とはいいがたい,と述べています。
 いったい,どちらが公平で道理ある判断かは,明らかではありませんか。
 福岡高裁の判断のみちすじは,佐賀地裁の道理ある判断にくらべて,あまりにも国に肩入れしすぎた不当なものといわざるをえません。

4 それでも,言わざるをえなかった中・長期開門調査の必要

 さすがに福岡高裁は,このような不公平は判断をしたことを恥じたのか,中・長期開門調査については,国が昨年5月11日の農水大臣発表で,もうやらないと決めているにもかかわらず,改めてその必要性があると述べています。
 すなわち,福岡高裁は,国は「ノリ不作等検討委員会が提言した,中・長期の開門調査を含めた,有明海の漁業環境の悪化に対する調査,研究を今後も実施すべき責務を有明海の漁民に対して一般的に負っている」と述べています。

5 決定が今後に及ぼす影響と有明海再生の今後

 仮処分の手続は,この保全抗告の手続が一応最後です。例外的に,特別上告や許可抗告という手続で最高裁判所に判断してもらうことも可能ですが,そこで判断されるのは憲法違反と判例違反だけです。わたしたちは,このような手続はしないことにしました。
 それは,第1に,今回の福岡高裁決定によって因果関係が否定されたものではなく,これによって,今後の有明海再生の取り組みが頭から否定されたものではないということです。
 今回の福岡高裁の決定は不当なものですが,漁民の立証のハードルを高くして負けさせたものの,内容的には,むしろ,諫干と有明海異変は無関係とする国の主張を否定して,「どの範囲でどの程度」かははっきりしないが,諫干が漁業被害に関係していることは否定できない,としています。
 すなわち,有明海異変の原因は諫干だという漁民側の言い分が正しくないから負けたというものではありません。その意味では,今後の有明海再生の取り組みの正当性が頭から否定されたなどというものではありません。
 第2に,因果関係については,まもなく漁業被害の原因は諫干であると明確に認定する公害等調整委員会の原因裁定の結論が出ようとしています。
 これによって,今回の福岡高裁の判断はくつがえります。
 公害等調整委員会は,もともと公害・環境問題の紛争を専門的に解決するために設けられたものです。なかでも原因裁定は,科学的な専門分野である因果関係の認定については,裁判所による十分な審理がむずかしいために設けられた手続です。原因裁定は裁判所も尊重しなければならず,法的な因果関係の認定についての,これ以上の権威はありません。
 しかも,原因裁定の結論には異議を申し立てる手続はありません。これが最終決定です。
 したがって,原因裁定で有明海異変・漁業被害の真犯人は諫干であるという結論がでると,これによって,因果関係は最終的に法的決着がつくことになります。
 以上の2つのことを考えるとき,憲法違反とか判例違反とかいうような,いかにも狭いレベルの争い方ではなく,もっと別の有効な戦い方があるのなら,そちらに力をそそぐべきではないか,というのが弁護団の結論です。
 その別の戦い方というのは,本年4月1日から認められた義務づけ訴訟という新しい行政裁判です。国が本来やるべきことをしない場合に,それをやりなさいと求める裁判です。具体的には,潮受堤防排水門を開放しなさいという裁判です。
 この闘いには,十分な見通しがあります。
 佐賀地裁の仮処分命令や仮処分異議決定はもとより,今回の福岡高裁の決定も,有明海の漁業環境の悪化と諫干の関連性を認めています。福岡高裁は中・長期開門調査を行う義務があるということまで認めています。また,原因裁定によって,漁業被害の真犯人は諫干であるという最終的な判断が下されると,いよいよ有明海再生のために開門して再生に必要な調査をすることが日程にのぼってきます。
 工事の中止は,その闘いの中で,あらたな状況下で求めていくことが可能です。原因裁定によって法的因果関係の存在についての判断が下されると,それを踏まえた新たな仮処分の提起も可能になります。
 いずれにしても,いま求められるのは,闘いのねばり強さです。
 国のねらいは,漁民の結束を分断し,心理的に追いつめ,あきらめさせることにあります。しかし,今回の福岡高裁の決定は,不当ではあるけれども,国の言い分を認めたものではなく,逆に,国の言い分を否定し,中・長期開門調査の義務を認めたものである点に,しっかりと確信をもちましょう。 
 今回の不当決定によって,わたしたちの前にもたらされた「困難」は,決して乗り越えることのできないものではありません。
 これを機に,更に結束を固め,有明海再生の日まで,粘り強く戦いましょう。
 弁護団も,有明海再生の最後の目標に向かって,いっそう気力を充実させて戦う決意です。

以 上


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