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公害等調整委員会の裁定と弁護団声明

 有明海の漁業被害と諫早湾干拓事業の因果関係の認定を求めて、漁業者17人が申請していた原因裁定で、公害等調整委員会は2005年8月30日、17人全員の申請を棄却しました(下記の裁定概要参照)。これに対し弁護団は、公害等調整委員会が任命した専門委員からの報告書では、干拓事業との因果関係の可能性を肯定しており、裁定の内容を不当とする下記の声明を発表しました。

公調委事務局による記者会見
写真≪環っ波≫提供
申請人・弁護団の記者会見


声 明

有明海における干拓事業漁業被害原因裁定申請事件の裁定にあたって

2005年8月30日
有明海における干拓事業漁業被害原因裁定申請事件
弁護団

 本日,公害等調整委員会は,漁業被害の原因は諫早湾干拓事業にあるとして,2003年4月16日に有明海漁民が申請した「有明海における干拓事業漁業被害原因裁定事件」について,17名の漁民全員の申請を棄却した。
 今回の裁定にあたって,公害等調整委員会は,4名という異例の数の研究者を専門委員に任命し,10回の審問と2日間の現地調査,申請人である漁民ならびに漁民側と国側の双方から申請したそれぞれ3名づつの研究者証人の尋問を行った。専門委員は,これまでの研究成果を踏まえ,独自のシミュレーション調査を行うなどして,詳細な報告書を提出した。
 専門委員報告書は,魚種と漁場ごとに漁場環境の変化を検討している。その結果,本件干拓事業との関連性について,諫早湾近傍場については明確に結論づけることができるとし,それ以外の漁場についても,強弱の程度の違いはあるものの可能性を肯定している。
 本来,このような専門委員報告書を踏まえるならば,法的因果関係の認定は十分に可能である。
 しかるに今回の裁定は,専門委員報告書のこうした到達点があるにもかかわらず,客観的データの蓄積や科学的知見がなお不十分として,申請を却下した。
 こうした裁定委員会の判断は極めて遺憾であるといわざるをえない。
 本来,中長期開門調査をサボタージュして客観的データの蓄積と科学的知見の前進を阻んでいるのは農水省である。このような判断が許されるなら,サボタージュしたものが勝ちということになり,正義の理念に著しく反することになるのは明らかであろう。
 われわれは,こうした不当な裁定にくじけることなく,有明海を宝の海によみがえらせるため,最後まで全力を尽くす決意である。


有明海における干拓事業漁業被害原因裁定申請事件 裁定(概要)

I 主文

申請人ら(漁民及び漁業協同組合連合会)の申請をいずれも棄却する。


II 裁定委員会の判断

1 漁業被害の認定
 申請人ら主張の「漁業被害」の一部について、諌早湾干拓事業による潮受堤防の締切(平成9年4月)後において、従前の変動傾向を超える漁獲量等の減少がみられることから、これを「漁業被害」(不作又は不漁)として認め得る。
  • [1] ノリ
  • ノリ生産量及び生産金額が、年により相当変動することに鑑み、その通常の変動の範囲を超えて低下した場合に被害(不作)が発生すると考えて、主張された被害のうち該当部分を認める。
    [2] タイラギ、アサリ及びクチゾコ
  • それぞれの生産量の上下の周期その他の傾向に鑑み、生産高が従前の水準を超えて低下した部分につき被害(不漁)の発生を認める。
2 因果関係の認定

(1)因果関係の立証の程度

因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合的に検討し、原因結果の事実関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することである旨の判例法理に則り検討を行う。

(2)有明海における環境変化と諌早湾干拓事業との関係

(ア)現地の実測データと数値シュミレーションの関係
 現地の実測データ、数値シュミレーション結果等を総合し、各種環境変化とその要因について検討したが、その際、現地の実測データと数値シュミレーションの関係について、

  • [1] 現地データは、限られた地点を断続的に観測するもので、時・空間的な分解能が粗く、潮受堤防の締切等個別の影響因子のみの効果を分離評価することは難しい
    [2] 他方、数値シュミレーションは、現地データに基づく何らかのモデルを基礎とするものであり、モデルである以上様々な簡略化や仮定が入り込むことは不可避であるというモデル構造等からの限界がある

ことに十分留意して判断を行った。

(イ)有明海における環境変化と諌早湾干拓事業との関係
 その結果、諌早湾干拓事業(特に、潮受堤防の締切)の有明海の環境に対する影響は、調整池、諌早湾内及びその近傍場では認められるものの、広く有明海では、潮汐振幅のわずかな減少に対する部分的な寄与が認められることを除き、申請人らの主張するような環境変化を認めるに足りるデータがなく、環境変化が認められるとしても、従前からの変動傾向の範囲内とみるべきであり、あるいは、環境変化の要因に関し未解明な部分もあることから、現時点で、有明海の環境変化と干拓事業の関係を高度の蓋然性をもって肯定するには至らない。

  • [1] 潮汐振幅の減少
  •  研究者らの見解や国土総合開発事業調整費調査によるシミュレーションの結果から有明海での潮汐振幅が2、3%減少したこと、これにつき干拓事業での堤防締切が東シナ海全体の平均水位上昇に伴う広域的な共振弱化による影響等とともに一定の寄与をしたと認められる。
  • [2] 潮流速の減少
  •  専門委員による数値シミュレーションや現地データによると、堤防締切が、諌早湾内やその近傍場では潮流の流速を低下させた一方、同湾外北側では流速を若干増加させたことが認められる。他方、熊本県沿岸や有明海中央部南側海域でも、数値シュミレーションによれば、流速の低下をもたらした可能性は否定し難いことが認められるが、海上保安庁の観測結果等に照らすと、熊本県沿岸海域等での流速低下を高度の蓋然性をもって認定するのは困難である。また、有明海湾奥部での潮流速低下は上記シミュレーション等でも認められない。
  • [3] 水質及び底質の悪化
  •  有明海の水質に関する化学的酸素要求量(COD)や栄養塩の堤防締切前後での変化は、明瞭ではなく、専門委員も指摘するように、諌早干潟の消失による干潟浄化機能の低下が有明海全体に影響を及ぼすものとは考え難い。
  • [4] 底質の細粒化
  •  昭和32年以降の調査データを通観すると、有明海湾奥部では、底質の細粒の地域が長年にわたり拡大・縮小を繰り返しているように見え、有明海中央部や熊本県荒尾地先では細粒化の傾向は見出せないから、有明海での細粒化の傾向は認めるに足りない。
  • [5] ベントス(底生生物)の生物相の変化
  •  諌早湾奥部では、堤防締切により底生生物の湿重量が減少し、比較的低溶存酸素に耐性を持つ貝類が増加したものの、諌早湾湾月部ではこのような変化の傾向は見出せない。有明海では、近年泥質環境を好むとされる底生生物の増加が見られるが、個体数の変動と底泥の粒度組成値や化学的特性値との関係は明確ではなく、底質がどの程度変化したのかを判断することは難しい。
  • [6] 成層度の強化及び貧酸素化
  •  専門委員は、その数値シュミレーション等に基づき、諌早湾内及びその近傍場では成層度が上昇し、熊本県沿岸海域でもその上昇の可能性があり、また、これら海域では赤潮の大規模化に伴い赤潮プランクトンの死骸が一層海底に堆積するようになったことから、底質の嫌気化等が進行した可能性があると指摘する。
  •  しかし、熊本県沿岸海域においては、浅海定線調査データや環境モニタリングでは、成層度の強化や貧酸素化の進行の傾向を見出し得ないから、可能性は否定し得ないものの、これらの事実を高度の蓋然性をもって認定することは困難というほかない。
  • [7] 赤潮発生の増加
  •  統計上、赤潮は、平成10年以降、有明海湾奥部では一層長期化し、長崎県(主に諌早湾)・熊本県の海域では、件数・期間とも増えたが、その要因を、光合成の促進をもたらす透明度の増加や貝類の減少による捕食圧の低下の影響とするには、これらが赤潮増加と時期的に整合するといい難いという問題がある。富栄養化の進行も、有明海全体では不明瞭というほかなく、それを赤潮の増加要因とするのは難しい。
  •  他方、水温、日射量及び降水量の各上昇も、その傾向や程度に照らし、平成10年以降の赤潮の頻発化・長期化を説明するのは困難である。既に農林水産省有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会最終報告書でも指摘されたとおり、赤潮の発生・増殖の機構については、なお相当に未解明な部分が残されている。現在のデータや知見を前提とする限りは、赤潮の増加要因を特定し、高度の蓋然性をもって認定するには至らない。

(3)漁業被害と諌早湾干拓事業との関係

 ノリ養殖については、赤潮の発生・増加がその被害の要因の一つであることが認められるが、赤潮の発生・増殖の機構には未解明部分があるため干拓事業との関係を肯定し得ず、タイラギ、アサリ漁業については、被害をもたらす要因の解明が十分にされていないことから、また、クチゾコ漁業については、漁獲量の変化と干拓工事の進捗状況が対応していないことから、いずれも漁業被害と諌早湾干拓事業との関係を肯定することができない。

  • [1] ノリ養殖の被害(不作)と諌早湾干拓事業との関係
  •  ノリの養殖では、秋から冬のノリの生産時期に赤潮が発生すると、ノリの色落ち等が生じて生産が阻害される関係にあるが、赤潮の増加と干拓事業との関係は不明というほかなく、因果関係を肯定するには至らない。
  • [2] タイラギの漁業被害(不漁)と諌早湾干拓事業との関係
  •  タイラギの生息域の縮小については、佐賀県沖の底質の細粒化を一因とする見解もあるが、他の要因を含め必ずしも明らかではなく、近年生じている立ち枯れ斃死の原因についても、現在関係機関により共同調査が実施されているところであり、未だ解明されていない。
  • [3] アサリの漁業被害(不漁)と諌早湾干拓事業との関係
  •  アサリについても、現在の底質がアサリの生息、特に稚貝の初期の生残と成長に適さないものになっていることは窺われるが、長期的な減少の原因は未だ特定されておらず、アサリの初期生活史段階での生理・生化学的変化を知るとともに、稚貝の生残に底質の何が影響しているのかを究明する必要があるところであって、因果関係を明らかにするには至っていない。
  • [4] クチゾコの漁業被害(不漁)と諌早湾干拓事業との関係
  •  クチゾコについては、漁獲量の減少が干拓事業の工事着工前の昭和60年前後頃から始まり、平成6年頃にかけて減少が大きく、その後はほぼ横ばい状況で推移していて、その変化と工事の進捗状況とが対応していないため、干拓事業による環境変化が漁獲量に影響を及ぼしているとの関係を読み取るのは困難である。

3 結論

 以上のとおり、一部申請人らについては、漁業被害(不漁又は不作)の発生は認められるが、現在の証拠関係からは、これと諌早湾干拓事業による環境影響との関係につき高度の蓋然性を肯定するには至らず、その余の申請人については、漁業被害の発生を認めるに足りないことから、申請人らの申請はいずれも理由がないものとして棄却することとし、主文のとおり裁定する。


III 付言

 成層度の強化等の環境変化の可能性は否めないものの、これを裏付ける客観的データがなく、赤潮の発生・増殖機構等の科学的解明が十分に行われていないなど、本件の因果関係に関わる重要な論点について、客観的な証拠資料や科学的知見が乏しいという状況下で認定判断を行わざるを得ず、漁業被害と諌早湾干拓事業の因果関係を高度の蓋然性をもって肯定するに至らなかった。
 従って、今後有明海を巡るこれらの環境問題について更なる調査・研究が進められて、環境変化の実態とその要因が解明された上、的確な対策が実現され、かつてのような豊かな有明海が再生されることを切に念願する。


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