4月14日、293枚のギロチンが落とされ消滅寸前の諫早湾干潟干拓は、国内外の大きな批判を浴び、今や大きな政治問題となっている。農水省はやっきになって開発の妥当性を主張するが、本当はどうだろう。農水省の主張に反論する形で批判をしてみよう。
 私たちは諫早湾干潟の特殊性を立証するため、3年間にわたる有明海全域の生物調査を行った。その結果、諫早湾奥部干潟が国内的にも国際的にも稀に見る生物多様性に満ちた特有の干潟であることが判明した。諫早湾干潟には300種以上の底生生物(ベントス)が生息している。特に底生生物の主役を占めるゴカイなどの多毛類が80種以上採集されていることは特徴的である。しかも採集された標本の中には、多くの新種が含まれている。

 これに対し有明海奥部「前の海」と呼ばれる泥質干潟の現状は悲惨だった。生きている干潟はわずか2〜3cm、その下は真っ黒な還元層で硫化ガスの匂いが満ちている。佐賀、福岡、熊本3県の干潟で採集されたゴカイ類は総数15種類。渡り鳥の餌になる大型のゴカイ類は量的に極端に少なかった。

 佐賀県鹿島市は古くからムツゴロウが豊産することで有名だったが、ムツゴロウが生息できる干潟ではなくなり「ガタリンピック」で町おこしを行っている。今では佐賀県のムツ掛け漁民の主要な漁場は諫早湾干潟だ。佐賀県漁獲高に上げられている7割以上は諫早湾で採取される。農水省が言うように佐賀県の漁獲高が上がるのは当然だ。佐賀県水産振興センターは5年間の増殖試験を行い六角川河口の一部に保護区を設けているのが現状である。佐賀県名物「がんづけ」の原料アリアケガニも見られなくなり、佐賀県白石町の漁民は諫早湾干潟まで来て採取している。

 昨年暮れWWF-Jから公表された「日本における干潟海岸とそこに生息する底生生物の現状」によれば、干潟に棲む生物のうち55種が絶滅寸前であると指摘されている。そのうちハラグクレチゴガニ、アリアケガニ、ムツハアリアケガニ、シマヘナタリ、クロヘナタリ、オカミミガイ、ウミマイマイの7種は、諫早干拓事業により干潟が消滅すると日本からの絶滅を招来する危険が極めて高いと指摘している。たった1ヶ所の干拓によって、絶滅寸前の底正生物の10パーセントもの生物が絶滅に追い込まれる。

 過去、渡り鳥は有明海全域に分布していたが次第に諫早湾干潟に集中するようになった。干潟があっても餌が少なくなったのだ。同時に魚介類の生産も全体的に落ち込んできた。干潟があっても良好な環境が維持できなければ生物が少なくなるのは当然だろう。絶滅が危惧され世界に2〜3千羽しか生息しないスグロカモメは餌がヤマトオサガニである。世界で最大の越冬地はヤマトオサガニが多産する諫早湾と北九州市曽根干潟に限られている。

 諫早湾干潟は国内で最も生物生産力の高い海域である。1平方kmの干潟から1年間で22.6tの魚介類の生産力があると日本海洋学会で報告されている。これは瀬戸内海が全く汚染されていなかった頃の生産高と同じである。さらに、諫早湾干潟はトラフグ、ガザミ、クルマエビなど主要水産生物を中心とした生物たちの「揺り籠」としての役割を果たしている。

 干潟に棲む生物は、人間の排泄する有機物を浄化する強力な力を持つ。アサリ1個は1時間で1リットルの水を浄化する。諫早湾のように大量のゴカイが生息する干潟は1平方kmで50万人分の有機物を浄化する能力を持つという研究すらある。アメリカの経済学者の試算では干潟の持つ浄化能力は、公共下水道建設費に換算すると1haの干潟は40万ドルに相当するという。このためアメリカでは公共下水道建設の代わりに、生物が豊かな干潟を造成する事業すら始まっている。締め切られた諫早湾はこの生き物の浄化力が消滅し、腐臭を発するヘドロの調整池となりつつある。これを止める科学的な方法はない。


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