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有明海・八代海総合調査評価委員会
中間とりまとめに関する意見
(2006.03.16)

有明海漁民・市民ネットワーク

 このたびの中間取りまとめについて、漁民・市民の立場から全体的な印象を一言で述べるならば、一体これで有明海を本当に再生することができるのか不安で仕方がないということです。
 取りまとめは、考えられる原因の羅列に過ぎず、しかも食い違う見解も深く検討することなく両論併記で済ませてしまうなど、原因解明には程遠い内容と言わざるを得ません。(図4.1.1)の連関図にこの間の成果をまとめたものが示されていますが、前身のノリ第三者委員会の報告から何の進歩もないというのが率直な印象です。4章の検討課題の中で「今後、(中略)、各種要因の精査と重要性の評価を行っていく必要がある」と自ら認めていますが、そんな呑気なことでは困ります。この三年の間にも漁業被害はより深刻化し、自殺者まで出ているというのに、このような停滞ぶりでは全く希望が持てません。しかも、報告の最後に、今後はマスタープランの策定なども含めた検討が必要と記していますが、報告をまとめるこの期になって今更のように記されていることに、空しさを禁じ得ません。本来は、委員会初期にそのようなマスタープランを作り、その調査研究に基づいて、各種要因のプライオリティの評価を行うことが評価委の仕事だったはずです。そして評価にあたっては、疫学的観点からおよそ妥当であろうと思われる原因が特定されるべきであって、科学的な証明のためと称していたずらに調査研究に時間を費やすことは許されません。

 何よりも不満なのは、実際に毎日現場で生活している漁民の声がまったく反映されていないということです。第4回の委員会ではヒアリングも行いました。漁民発表者のみならず傍聴席で固唾を飲んで聞いていた多くの漁民から口々に、諫早湾干拓事業(以下、諫干)の進行とともに漁場環境が悪化したことが述べられました。水産庁が行ったヒアリング調査でも、多くの漁民が諫干の影響を口にしました。このことについて、委員会は真摯に受け止め漁民に答える努力をしてきたと言えるでしょうか。少なくとも、この中間報告からはそれを読み取ることはできません。

<潮流・潮汐について>
 九州農政局の開門総合調査のデータを根拠に、潮受け堤防の影響について、「(潮位差減少に関して)明らかな変化は読み取れなかった」(P56)「有明海全体では潮流流速の変化は非常に小さい」(P66)等の報告もあるとして、提言では「定量的な検討が必要」(P71および表3.6.4)等の曖昧な表現で済まされてしまっています。しかし、多くの漁民が、潮受け堤防の建設を境に、流速が減少し流向も変化したと証言しています。「ノリのセットが沈まなくなったり、支柱の揺れが少なくなった」「海面のゴミやプランクトンが流れていかなくなった」「以前は小走りのスピードのはずが、今では普通に歩く速さ」「底層の流れがなくなった」「底のヘドロが流れていかずに堆積するので、網の汚れがひどくなった」等の証言は実体験に基づくものであり傾聴に値します。農政局の報告は漁民体験とは異なるものであり、何らかの解釈違いがあるはずです。その深い考察を行うことが求められているのであって、漁民証言に真摯に向き合うなら、このような両論併記にはならないはずです。
 また、ノリ養殖施設による影響を指摘していますが、ノリ柵数は(図3.11.2)からも明らかなように横ばいあるいは減少しており、また秋〜冬季しかノリ柵はありません。ノリ柵が流れの抵抗になっているのは事実としても、それが全体の潮流減少の主因であるとは到底言えないはずです。

<赤潮の発生>
 「2000年の赤潮そのものは特別なものではない」(P74)という記述も漁民感覚とかけ離れたものと言わざるを得ません。拡大範囲・持続期間・被害の程度のいずれも以前のものとは比較にならない赤潮でした。1997年以降に赤潮が頻発・長期化し大規模化したことは、漁民証言からも確認できます。かつては速い潮流と濁りがあったが、現在はそれがないのでノリ生産にも影響していると異口同音に証言しています。しかし、まとめ(表3.7.1)ではそうした危機意識が感じられません。
特に小型珪藻と大型珪藻について、その要因を気象条件に求めていますが、もしそれだけならなぜ1997年以降に赤潮が大規模化したのでしょう。気象条件が 1997年頃を境に劇的に変化したとでもいうのでしょうか。漁民証言に照らすならば、諫干との関連について踏み込んだまとめがあってしかるべきです。ましてや論点・課題における「富栄養化が進んできているか否か」「底層貧酸素化は進んできているか否か」という表記は、諫干と直接向き合おうとしない不誠実なものとの印象がぬぐえず失望を禁じ得ません。
 「ノリ漁期の終わりを告げる赤潮の発生時期が、諫早湾潮止め以降早まっている」「かつては対岸の諫早湾から風に乗って栄養塩がやって来たが、潮止め以降、最近は風波によってプランクトンがやって来てノリ不作となる(大牟田・荒尾のノリ漁業者の証言)」という漁民の声もあります。諫干との関連についてもっと真正面から受け止めて、まとめ(表3.7.1)を修正してください。

<底層環境>
 「有明海全体を考えると、泥化は以前より進行してきており、近年(1996年頃以降)の潮汐振幅の減少が底質の泥化に大きな影響を与えているとは考えにくい。」(P88および表3.8.2)というまとめもまた、漁民の実体験とかけ離れた解釈であり納得できません。地域により差はあるものの、平均すればここ7〜8年前から底質が悪化したと漁民は証言しています。このことは、(図3.8.1および3.8.2)からも確認できます。すなわち、1957年と 1997年の図の比較に対して2001年の図は明らかに泥化が進行しているからです。中でも長崎小長井や佐賀大浦のタイラギ漁師は潮受け堤防の建設とともに底質環境が悪化したことを身を持って体験し証言しています。実際に海底に潜って仕事をしていた漁民の証言は重いはずです。しかもその悪化の程度は深刻で、かつては砂地だった所にも泥がかかり、ヘドロが20〜30cmも堆積していると言います。「(ノリ養殖の)支柱竹を撤去する時、沖の支柱の中に入っていた泥がかなり異臭だった」「ヘドロが漁網等にからまって汚れがなかなか落ちない」「漁場で船が通る船通しというのがあるが、そこが急激に埋まっている」等の証言は、底質の悪化が想像以上に進んでいることを物語っています。彼らは実際に自分の目で、海底のヘドロ化が進んできた経緯を見てきました。底質の泥化は近年であり、潮流減少に伴って或いは諫干工事によって直接的に進行したことを感じてきたのです。
 それにもかかわらず、P89では様々な彌縫策が並んでいます。潮受け堤防閉め切りという根本原因を無視したこのような彌縫策は、何の解決にもなりません。諫干が底質の悪化に大きく影響していることを深く受け止め、こうした彌縫策の列挙は削除すべきです。

<貧酸素水塊の発生>
 「過去に比べて貧酸素水塊が発生しやすくなっているか否かについて、昭和47 年(1972 年)から平成14 年(2002年)の佐賀県の浅海定線調査の溶存酸素量の経年変化を検討したところ、全体としては明瞭な増加傾向は見られなかった。」という(表 3.9.1)のまとめも納得できません。この浅海定線調査が貧酸素の発生しやすい小潮時ではなく大潮時に行われたものであるため信頼性に欠けることは認識できているわけですから、底質環境の悪化は潮受け堤防の建設とともに進んできたという漁民証言に照らせば、むしろ「貝類漁獲量の減少傾向および赤潮の頻度・規模拡大傾向から見ると夏季の底質の還元状態が悪化傾向にあることが推察される。」という結びに重点が置かれるべきです。

<底生生物>
 有明海北西部の調査結果からのまとめしか記載されていませんが、諫早湾閉め切りによって数多くの底生生物が失われました。諫早湾には新種や希少種も多数生息していたと想像されますが、そのあたりの評価が全く欠落しているのも問題です。

<タイラギの減少について>
 水産資源、中でもタイラギ等の二枚貝と魚類の漁獲は深刻な被害に苦しんでいるわけですが、表3.11.3のまとめは曖昧な表現に終始したままです。
 有明海の現在のタイラギ漁場は北東部海域と諫早湾口部ですが(図3.11.14)、特に諫早湾口部については、諫干の影響であることは疑う余地がありません。この海域の潮流減少が潮受け堤防の影響であることは、取りまとめでも「潮受け堤防による潮流流速への影響」の中で述べられています。そして「大浦沖・諫早湾口部の底質環境」の項でも、この海域にシルト質の底泥が堆積していることが確認され、また夏に貧酸素水塊も発生していることが確認されています(図3.9.2)。
120ページからの「有明海のタイラギ」では、なぜか諫早湾口部のタイラギ減少に触れられていませんが、第9回評価委の資料5(図3)および(図4)に見るように、諫早湾口部こそがタイラギおよび他の二枚貝類の幼生の宝庫であったことが確認されています。今回の参考資料「今後の作業の方向性について」では、1990年代以降のタイラギ漁獲減少と底質の泥化傾向が一致すること(図2.2、2.3、2.4)、泥化傾向が認められた西部海域では着底稚貝が認められないこと(図2.5)など、底質が浮遊幼生の着底やその生残に関与したことを指摘しています。そしてその底質の泥化傾向が近年であることは、先に述べたとおりです。
 そしてまた、「サンドコンパクションで押し出された海底ヘドロ、小江干拓地からの汚濁水、大型工事船の航行による泥の巻上げによって、成貝が泥をかぶって窒息死していた」「海底のヘドロは工事着工の半年後ぐらいから目立ってきた」「潮受け堤防建設材料採取のための採砂がタイラギ漁場の真っ只中で行われたため、漁場環境は著しく悪化した」等々の漁民証言は、諫干がタイラギ減少に大きく影響したことを証明しています。
 諫干工事の濁りによる窒息死や底質の細粒化による着底困難、貧酸素による活力低下と立ち枯れがタイラギ減少の原因であることは明らかです。もっと諫干の影響について明確に記述すべきではないでしょうか。

 最近、大浦漁協ではカキ養殖に取り組んでいますが、そのカキ養殖筏にタイラギの稚貝が付着していました。海底がヘドロ化・貧酸素化したことから、生きる場所をカキ筏に求めたのだと想像されます。言い換えれば、泥化・貧酸素化の根本原因を解決し海底の環境を改善すれば、タイラギ漁は復活するのです。

<魚類漁獲の減少について>
 取りまとめでは、資源減少の要因を一般的な表現で書いていますが、報告を深く読み進めていけば、これも諫干が大きく影響していることは明らかに分かります。すなわち、漁獲減少の経年変化の傾向は諫干の進行とよく合致していること、干潟面積の減少、感潮域等の生息場の消滅・縮小、海底地形の変化、底質変化による生息場の消滅・縮小、潮流速の減少や向きの変化、貧酸素域の拡大、濁りの減少、赤潮発生の大規模化etc.そのどれもが諫干と深く結びついているからです。
 「クチゾコ、ヒラメ、車エビ、カニ等々の底生の生き物が近年急激に減少した」「海底は殆どの海域でガタの上にヘドロが積もり、稚魚・稚貝の発生が少なく、魚の餌になる生物も見えない。それにイソギンチャクが多く見られる」「車エビを放流しても育たない」「ゴカイが全然いなくなった」「カニはかつては一日に20〜5kgは取れていたが、今では匹で物を言うようになった」等々、漁獲減少が諫干の影響であることは漁民自身も肌で感じています。今回の報告はそれが裏付けられたと言える内容でしたが、ならばもっと積極的に諫干の影響を指摘すべきではないでしょうか。

<ノリ不作について>
 ここも大いに不満です。一体、いつの間にノリ不作の前に(平成12年度の)という冠がついてしまったのでしょう。ノリ不作あるいは不作への不安は平成 12年度以降もずっと続いています。秋〜初冬にかけての珪藻赤潮の頻発化の結果、品質が低下し単価も落ち込んでしまっています。何とか平均一ヶ月も漁期を延長して生産枚数を稼いでいるのですが、設備の増大や経費の増加で経営は苦しいものになっています。様々な生産努力により何とか持ち堪えているというのが実態であり、潮止めによる海の活力低下によって今も生産の不安定性が続いているのです。
 また大牟田・荒尾や佐賀大浦、長崎有明町など地域によっては毎年のように不作となっているのです。潮止め後、諫早湾から潮流や風に乗って栄養塩の枯渇した水が流れ込むようになったこと(4地区)、筑後川からの流れが弱くなり栄養塩の補給に支障を来していること(大牟田・荒尾)、着工後からの工事の影響(有明町)などが原因と思われます。
 取りまとめは、ノリ問題はあたかも2000年度の不作だけのように書いていますが、ずっと続いているという問題意識を持ってもらいたいです。そしてその構造的な問題の解明に突っ込んだ報告を求めます。

 以上のように、取りまとめは、各所で諫干の影響を指摘しながらも、最後のまとめ部分では見事にカムフラージュされ無味乾燥な表現に終始してしまっています。少なくとも、連関図(図4.1.1)の干拓・埋立てという表記部分は「(諫早湾干拓事業などの)干拓・埋立」に改めるべきではないでしょうか。今回の取りまとめでは反映されませんでしたが、公害調停委員会の専門委員報告書でも有明海異変と諫干との因果関係は十分示唆されています。
 そして何よりも、諫干の影響について特別に章を設け、その中でしっかりと因果関係を説明すべきです。そもそもこの評価委は、諫干が異変の原因であるという漁民の指摘を受けて成立した法律に基づいて発足した委員会です。諫干との関係について明確に答えることは、委員会の使命でもあるのです。第1回会合で環境省の吉田水環境部長は「個別の事業についてここでご議論いただくというのは、直接の評価委員会の設置目的に合わない」と発言していますが、個別の事業であってもそれが異変の原因として避けて通れない問題である以上、直接向き合うのは委員会の使命として当然であり、むしろ吉田部長の発言こそが諫干問題を議論の場から外そうとする政治的な発言と言うべきです。
 中長期開門調査の取扱いについても同様です。第10回の会合で委員長は「行政的判断では仕方がない」という趣旨の発言をし、それ以降、評価委での開門調査に関する議論は打ち切られてしまいました。しかし、閉め切り前のデータが少ない中にあって、より正確な因果関係究明のためには、開門調査は避けて通れないはずです。何よりも開門により再生への期待が得られることから、漁民たちは一日も早い開門を切望しているのです。農水省は開門に伴う被害を口にしますが、これも誇大宣伝であり、実際は十分制御可能です。行政からの要請に怯むことなく、研究者として純粋に開門調査の必要性を提言することに、何の躊躇いを感じる必要はありません。
 アサリ養殖場への湧昇流施設設置や微細気泡装置の設置が実施されている大浦に農水省職員とともやって来たある委員は、漁民の「こんな事せんで、開門調査ばしてくれればよかとに」との言葉に、「研究費ば使わにゃいかんし」と言ったとか。税金を無駄に使う調査研究はもうたくさんです。有明海を食い物する研究者もいりません。本当の再生に繋がる調査すなわち開門調査こそが最も求められる調査です。この漁民の切実な想いを、どうか受け止めてください。

 そしてまた、今回のパブリックコメントが単なるアリバイ作りに終わることなく、しっかりと最終報告に反映されることを切に望みます。


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